今春から一人でいることが多くなって
また色々考える事が増えた。
そんな中で、僕が小学生くらいからずっと考えていたある疑問について一つ答えが出た。
その疑問というのは、
私を私たらしめるものは何か?
家柄?育ち?学歴?人望?
色々あるだろう。 でも、本当の意味で自分らしさとは何なのか今までわからなかった。
「自分の長所、良いところがその人らしさ」
という考え方もあるが、僕はしっくりこない。何故なら、良さはいくらでも装うことができるから。
社会に属しているからどうしても他者からの評価も自分らしさを考える上での要素になってしまう。
そんな中で、人の良さというのはその人自身の偽りない良さも勿論あるが、見栄とか建前とかで装いの良さもある。(僕自身も偽善なところいっぱいある)
では、僕が考えた答えは何なのか.....
それは、
自分でも嫌なところこそ、僕を僕たらしめている。
である。
自分自身がコンプレックスなこと、気にして嫌だなぁと思うところこそ僕なんだと。
嫌な所には、偽りもない。
ただ、真実がある。
気にして生きて、僕を縛りつける存在。
その自分の嫌なところで、自滅するか生かすかは自分次第。
嫌なところや弱さを受け入れることができ、改善したりそのままにしたり自分の思うがままにできたら、本当の意味で強い自分になれのではないだろうか。
僕の知り合いには、常に冷静で、でもユーモアや自信に満ちあふれている人がいる。その人は自分の嫌いなところや弱さを他人に曝け出すことができる。
そう考えると、まだ僕は自分の嫌なところを受け入れことはできていない。
これから少しずつ、受け入れていくつもりだ。
だって、それが「僕たらしめるもの」だから
写真は、憧れの街東京。
ダイバシティで、アクティブで輝いたイメージ。
そんな中でも、自分を見出そうと常に頑張る人たちがいっぱいいて、弱さと強さで均衡が保たれた脆い世界が広がってる。
naokey
思ったことを、僕なりに語ります。
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